関東風奈良漬の発祥の店「吉岡屋」。80種類以上の色鮮やかな漬物が店頭に並ぶさまは圧巻!どれも美味しそうで目移りしてしまいます。今回は、創業100余年の老舗・漬物店「吉岡屋」で奈良漬についてお話を聞いてきました。
まずは「奈良漬」についての豆知識から。
みなさん奈良漬は好きですか? 奈良漬はその名の通り、奈良が発祥の地です。その歴史はさかのぼること約1300年前。奈良時代の長屋王邸跡から「加須津毛(かすづけ)」と記載された木簡が出土し、当時の貴族が食していたことが記録として残っているそうです。
また室町時代に、奈良市の南東部にある菩提山正暦寺で清酒づくりが始まり、その酒粕に野菜を漬け込んだ漬物が現在の奈良漬の原型になっているのだとか。
やがて江戸時代には白瓜を漬け、なす、すいか、きゅうりなどの野菜を漬けるようになり、幕府への献上物として、また東大寺を訪れる参拝客の土産物として広く一般に普及するようになったのだそうです。
【奈良で作られている奈良漬の製造工程】
①下漬け
4ヶ月から半年ほど塩漬けしたものを酒粕に漬け込む。それを3ヶ月〜5ヶ月ほど置く。
②中漬け
下漬けしたものを新しい粕に漬け替え、3ヶ月〜5ヶ月ほど置く。
③本漬け
さらに新しい粕で漬け替え、半年から10ヶ月ほど置く。
このように繰り返し漬け替えることで塩分と水分を抜いていき、短いものでも1年以上かけて作られています。お店によってレシピはさまざまですが、長いものでは5年、6年と漬けている奈良漬もあるそうです。
こうして完成した奈良漬の茶色い成分は「メラノイジン」というもので、抗酸化作用やビタミン類の吸収を助ける働きがあるといわれています。よくウナギの付け合わせに奈良漬が出てくることがありますが、うなぎはビタミン豊富な魚です。つまり奈良漬と相性バッチリというわけですね。
シノブ
こんなに漬物が一堂に会しているのを見るのは初めてです。色とりどりの漬物が、ピシッと並べられていてとてもきれいですね。吉岡屋さんでは古くから漬物を販売してらっしゃるのですよね。
南澤さん
創業は1910年(明治43年)です。魚河岸が日本橋にあった頃から営んでいます。
シノブ
吉岡屋さんは創業当初から漬物を専業でやっていたのですか?
南澤さん
いえ、もともとは初代の吉川達次郎が、食料品全般を扱うお店をやっていたと聞いています。「吉岡屋総本店」という名前の食料品店です。
シノブ
そうなのですね。「吉岡屋本店」という屋号は、その当時の屋号からとっているのですね。
南澤さん
はい、そうです。吉川の生家が「吉岡屋総本店」でした。
シノブ
食料品店から漬物専門店に変わったのは何かキッカケがあったのでしょうか?
南澤さん
うちの看板商品でもある「奈良漬」がキッカケになると思います。
シノブ
奈良漬が、ですか?
南澤さん
初代の吉川は非常に食へのこだわりのある人で、食通だったそうです。日本全国のものを取り寄せたり、食べ歩いたりして、いろいろなものを食べていました。そして、当時、関東では珍しかった「奈良漬」に出会ったそうです。それがあまりに美味しく、衝撃的だったのでしょう。
シノブ
奈良漬を食べて「これだ!」という出会いだったのでしょうか。
南澤さん
そのようですよ。その奈良漬との出会いが、漬物と佃煮を売る専業に舵を切るキッカケになったようです。
シノブ
そういうことだったのですね。でも吉岡屋さんの奈良漬と、関西の奈良漬は味がぜんぜんちがいますよね? 似て非なるもの、という印象があります。
南澤さん
関西の奈良漬はアルコール分が強く、しっかりとした塩味が特徴的ですよね。
シノブ
はい、アルコールがとても強いと思います。私はお酒が弱いので、関西の奈良漬は食べると酔っ払ってしまいます(笑)
南澤さん
保存食としての漬物ですからね。その奈良漬を、多くの人に食べていただきたいと吉川は考え「子供でも食べられるお菓子感覚の奈良漬を」テーマに、甘口の奈良漬づくりをはじめたそうです。
シノブ
なるほど、そういうことだったのですね。
南澤さん
保存食というより、嗜好品としての奈良漬を作ろうと考えたようです。
シノブ
初代がつくった奈良漬はどのような特徴がありますか?
南澤さん
お酒っぽさを抑えて、上品な甘さで、食べやすいというところだと思います。
シノブ
吉岡屋さんの奈良漬は、お酒っぽさがあまりないですよね。私、実は、関西の奈良漬はお酒が強すぎて食べられません。一度、口にして以来、ちょっと無理だな…と思ってしまって。
南澤さん
うちの奈良漬はいかがでしたか?
シノブ
とても食べやすいです。食べやすいというより、ひとくち食べた瞬間「あ、おいしい」って思いました。私の“奈良漬観”はガラッと変わりましたね。
南澤さん
奈良漬感が変わりましたか(笑)
シノブ
はい。苦手だったものが「おいしい!」に変わりました。もともと漬物は大好きなので、奈良漬が食べられるようになって嬉しいなと思いました。
南澤さん
それはよかったです。
シノブ
吉岡屋さんの奈良漬は、甘さも控えめで飽きのこない味だと思います。関東の奈良漬はよく「甘ったるい」と言われたりしますよね?
南澤さん
関東の奈良漬は関西のものと比べると甘みが強いかもしれませんね。うちの奈良漬は、口に入れた瞬間に「美味しい」と感じるような、甘み・塩味・アルコール度のバランスにこだわっています。上品ですっきりした甘みと、アルコール独特の苦味を消しながらも、コクのある味になっていると思います。
シノブ
原料にもこだわりがありますか?
南澤さん
ウリはすべて徳島県産で、酒粕も国内の酒造から調達して、下漬けから仕上げまでの全行程を手作業で行っています。レシピもほぼ当時から変えていません。
シノブ
なるほど。吉岡屋さんの奈良漬が食べやすいと感じるのは、そういった経緯があるからなのですね。
シノブ
あそこに並んでいるのが奈良漬ですよね? 「徳価」「別上」「特選」と3種類あるのですか?
南澤さん
はい、ウリは3タイプご用意しています。
シノブ
どのような違いがあるのでしょうか?
南澤さん
使用する酒粕の熟成度や漬け込み期間、漬け替え回数などをそれぞれに変えています。そうすることでできた最上級のものを「特選」、甘みを少し抑えた「徳価」、中間の「別上」と3タイプをお楽しみいただけます。
シノブ
食べ比べしてみると楽しそうですね。自分好みの奈良漬が見つかりそうです。
ウリの奈良漬の隣にあるのは?
南澤さん
スイカ、生姜、キュウリ、大根の奈良漬です。生姜とキュウリは、そこの工場(店舗の斜め向かい)でさらに3ヶ月くらいかけて漬け返しをしています。
シノブ
さらに3ヶ月、漬け返すのですか?
南澤さん
はい。塩梅を見ながら、だいたい3ヶ月以上、漬け込みます。
シノブ
3ヶ月かかるということは、3ヶ月先を見越して、漬ける量を調整しないといけないのですね。
南澤さん
そうなのです。ある程度の塩抜きをして、粕に漬けるのですが、それに3ヶ月以上かかります。欠品させてはいけないので、3ヶ月先にどのくらい出そうかという予測のもと漬ける量を調整しています。
シノブ
気候などでも、食べたいものって変わりますよね。それは経験が物をいう、難しい先読みですね。ウリ以外の奈良漬も食べてみたいです。
吉岡屋さんの店頭に並ぶ鼈甲色の奈良漬。
「香の物」と呼ばれる言葉通り、芳醇な香りが漂って来ます。
その色と香りに、炊きたてご飯と共にポリポリと味わう絵を想像してしまい、お腹がグーグーなってしまいました。
買って帰って、ご飯のお共にしたいと思います!