築地での地獄の修行2

この話は全くもって実話です。メルマガ購読者に築地関係者がいないことを願う。

鬼の形相でこちらを振り向いたのは、面接の時の優しさなど微塵も感じさせない社長だった。
インテリ然とした雰囲気はどこへやら、銀縁の眼鏡越しには狂気の光を帯びた眼差しと歪んだ口元の男が、今はっきりとこちらを向いている。

目、目を合わせてはやられるッ、私の中の動物的本能に従い
「お、お早うゴザイマス、今日からよろしくお願いします。」
と相手の顔を見ているようで視線を合わせない秘技により危機をのりきった。

「おう、竹山。今日から働く平田君だ。面倒みてやって頂戴。」

社長から紹介された竹山さんは、私より背が低い160センチ後半の身長だったが、筋肉質で骨太のゴツイ体つきは魚河岸の男そのものだ。
竹山さんの指示に従って、一つの発泡スチロールに色々な魚や貝を詰め込んでいく。築地にきたばかりの私にとって魚の名前など見当もつかない。
ただ言われたとおりに発泡スチロールの箱に、魚や海老やイカ、貝、カニなどを入れる。
時間は7時すぎ、当日の発送に間に合わせるため、社員全員で忙しく動きまわる。

私が入社した仲卸は小物屋といって、鮮魚から貝、海老、カニ、タコ、イカ、ウニなど幅広い水産物を扱っている。築地市場の仲卸棟には600程の仲卸がひしめく。それぞれ専門の水産物を売っている。
数が最も多いのは、やはりマグロ屋だろう。生マグロ専門、冷凍マグロ専門で分かれている場合も多い。
その他の店は、鮮魚、海老、貝、塩干(干物)、うなぎ、穴子、練り物(おでん種)、加工食品全般、冷凍モノ全般。クジラ屋なんかもある。

季節は4月、春の暦だが水仕事はこたえる。うー、チメタイと心の中で呟いている私に社長が声をかけた。

「よし、じゃぁ、平田君行こうか」

え?どこに?まだ仕事ヤッテマス。という気持ちを見透かしたように、

「後は竹山君たちがやるから。これから一緒に営業に行くんだっ。」

築地場外にある事務所で身支度を整えて、社長のセルシオに乗り込む。車は首都高を経て、常磐道を北に向かっていく。僕、今日、初日ですけど。

4月の平日、社長が運転するセルシオは滑るように高速道を北に向かう。
首都高から三郷ジャンクションを抜けると常磐道は空いていた。セルシオは追い越し車線を時速130キロで走っている。
営業先に行く道中なにか話題をと思い、社長に店の歴史を聞いてみる。

店の名前は大祥(だいしょう)。社長の父親が創業し半世紀に渡り、築地の仲卸として商いを続けているそうだ。魚の目利きについてレクチャアされているときに、社長の携帯に着信音があった。
二つ折りの携帯をパカっと開けて、銀縁眼鏡をずらして覗きこむ。小首をかしげている。

(前見ろや)

「はい、もしもし、大祥です。」

「え、えぇ、どうもすいません。いや、あの今日はオースト産がなくって・・」

どうやら納品した商品について、お客さんからのクレームのようだ。後から聞いた話によると、相手は超有名な高級レストラン。伊勢海老フェアを開催するにあたり、大祥が仕切値(決まった価格)でオース
トラリア産の伊勢海老を納品する約束だったらしい。

「えぇ、すいません。だからオーストラリア産の伊勢海老の入荷がなくて、
国産をお出ししたので高いんです。」

「いや、決めた値段じゃないから困るって言われても、国産ですから。」

「だから~、オーストの入荷がないって言ってるでしょ。国産は高いの。」

相手も伊勢海老フェアの料理価格が決まってるから、仕入れ値が高くなったら困るだろう、と疾走するセルシオの助手席で考えていた。それに、買い手の方が立場が強いのが世の常、赤伝(値引き)で決着だと予想
していたとき、

セルシオのスピードが上がり始めた。

嫌な予感とともに、社長の銀縁眼鏡が光ったような気がした。

「! テメー、何度言わせりゃ分かるんだ。こっちは30年以上伊勢海老 扱ってんだ。若造がとやかく言ってんじゃねーよ。あぁ、んじゃ、何か。返品するって俺に取りに来いって言うのか、この馬鹿やろーーーーーーッ。」

携帯の通話オフボタンを押しながら、ぐっふっふっふ、言ってやったわと独り言ちている。

こ、こんな世界があるのか。築地に転職するまで、営業職を経験していた私にとっては衝撃的なやりとり。
セルシオは時速150キロで、なおも北上中・・・
(タ、タスケテー)

次回に続く。

実録!築地市場での恐ろしい修行の日々3
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